*ノンフィクション

2011年6月26日 (日)

津波てんでんこ-近代日本の津波史/山下文男

明治の三陸津波で集落の大半が亡くなった地域に生まれ、昭和の三陸大津波で一族のうち9人が亡くなる体験を持つ著者が、近代日本に起きた津波の被害を時代背景と共に記録し、体験と記憶の風化に伴う危機感の低下と、これより必ず来る地震及び津波への備えを記したもの。ちなみに2008年1月発刊。

言及された8つの津波は、明治以降に発生し、死者が100名を越えているものとのこと。

1896年 6月15日 明治三陸大津波
1923年 9月 1日 関東大地震津波
1933年 3月 3日 昭和三陸津波
1944年12月 7日 東南海地震津波
1946年12月21日 南海地震津波
1960年 5月23日 昭和チリ津波
1983年 5月26日 日本海中部地震津波
1993年 7月12日 北海道南西沖地震津波

日本に生まれ育った大半の人は、震度3くらいの地震ならもう慣れっこである。それは発生頻度が一番の理由だけれども、子どもの頃から強制的に参加させられている避難訓練の影響も多分大きい。年に一度の訓練日には机の下にもぐり、普段は全く使わない防災頭巾をかぶったり、ハンカチで手を押さえて階段を下ったりする。真剣な子なんてほとんどいないが、「地震が起きたら」という仮定が日常にあるのとないのでは大違いである。

私の職場は外国人が多いのだが、311の地震のときの彼らの動揺レベルは、やはり私たちとは異なっていた(対放射能対策でも温度差があることを知るのは数日後)。

それでも内陸に育った私は対津波の防災訓練をしたことはないし、この本を読むまで関東大震災の震源が相模湾であることすら知らなかった。相模湾。ちなみに我が家は神奈川県にある(海沿いではない)。私の中の関東大震災は「はいからさんが通る」で構成されているのである。

 

以下引用(太字及びリンクは私)。

津波の恐ろしさは、そのスピードとともに、波そのものの破壊力にある。
津波は、海底地震に伴う地殻の急激な上下運動によって、海水が持ち上げられたり吸い込まれたりして発生する波であるから、譬えて言うなら、海底から泥や砂を巻き上げながら黒い濁流、巨大な鉄砲水のようになって海ごと走って来る。だから津波は泥水のような、まるで汚い色をしている。(中略)津波をメカニズムを初めて解明した今村明恒博士などは、津波は陸地への一時的な「海の移動」であると説明して、普通の風浪との違いを強調している。

引用終わり。

著者は語る。堤防をはじめとしたハードの対策はもちろん大切だが、いざ津波が発生したときにどうするか、日ごろから対策を立て、訓練することが大切である。
大津波は一度起きると被害が甚大な割に、発生スパンが長い。幸運なことではあるが、それが原因で記憶が風化し、伝承が歪曲し、前回の体験を次回に生かすことができないことが多々あるのだと。

機敏に早く避難することこそが究極の津波防災である。

という斎藤徳実岩手大学教授の言葉に、筆者は「蓋し名言」と言いつつ補足を加えている。

「早く」には2通りの意味がある。
(1)まごまごせずに早く逃げろ。貴重品や身の回りのものを準備している暇はない。
(2)全速力で逃げろ。できるだけ速く走れ。

この国に暮らす限り地震からは逃れられず、地震が起きる限り津波は発生する。もしかしたら海沿いへの旅行中に地震が起きるかもしれない。津波は日本海側でも起きているし、残念ながら地球の裏側からでも届いてしまう。

全国の小学校の防災訓練には、津波対策も加えたらどうでしょう。

津波てんでんこ―近代日本の津波史

山下 文男

4406051147

2010年4月22日 (木)

パパ、ママ、あいしてる―エレナが残したメッセージ

余命135日です。と宣告された、6歳のエレナ。その両親による日記。病名は脳腫瘍グリオーマ。

病気というものは、時に信じられない速さで進行する。昨日できたことが今日できない。速く走りたいわけではない、高く飛びたいわけではない、食べて歩いて話したい。それまで意識することもなく行ってきた、そんな動作ができなくなる。当然一番辛いのは本人だろうけれども、家族もかなり厳しいものがある。なぜなら家族にできるのは祈ることだけで、病気は治せない。

ただ、小さすぎる年子の妹が、姉のことを覚えていられるように、という思いで父親が始めた日記なので、過剰に感情的になることなく、比較的淡々と書かれている。

残念ながらあなたはガンです。

家族がそう言われるなんて、ほとんどの人は想像していない。そんな体験はしないに越したことはないし、してしまったらどうにかして進むしかない。

パパ、ママ、あいしてる―エレナが残したメッセージ
青山 陽子
4152091134

2006年6月 3日 (土)

移植病棟24時/加藤友朗

マイアミ大学の加藤友朗医師の著作。最近、日本でも話題になった、陽介くんあやかちゃんの移植手術を執刀した医師である。

いくつかの患者とのエピソードと合わせて、移植に関する問題、脳死に対する考え方が、著者本人の悩みなども交えながら語られる。

フィクションだと言われた方が納得するくらい、著者及び登場する医療関係者の視線が、患者及びその家族に向けて常に暖かい。まあそういうお話ばかりを抜粋しているのだとは思うが、読んでいて気持ちがいい。

保険未加入で手術代の支払いが望めない移民男性の手術前。著者が相談した上司の回答。「正しいことをすればいいんだ。些細なこと(お金のこと)は気にするな。そんなことは(医者以外の)他の人間にまかせておけばいい」。「他の人間」が気の毒ではあるが、患者と家族にとってはこんな医者がいれば救いの神だ。

また、医療・病院の話なのに、裁判所が何回か登場する(訴訟の話ではない)。やはりアメリカは司法国家なわけで、それはそうならざるを得ない背景があるわけだから、きっと一概にいいことだとは言えないんだろう。

移植病棟24時

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